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2025年6月

2025年6月27日 (金)

吉野宮滝と『吉野葛』

吉野宮滝
 吉野と言えば桜の吉野山が有名ですが、吉野にはもう一つ忘れてならない名所があります。それは持統天皇が32回も御幸したと言われている景勝地の吉野宮滝です。
 宮滝は近鉄電車の大和上市駅から東南東方向へ5キロメートルほど吉野川を遡ったところにあります。この辺りでは川幅が狭まり岸は大きな岩や変わった形の石で覆われています。訪問時の天候や川の水量に大きく影響されますが、淵や瀬の姿、水の透明度などが素晴らしいです。
 近くには縄文・弥生時代の遺跡と天武・持統天皇時代等の吉野宮跡とが重複している宮滝遺跡があります。私が訪問した時には発掘現場が埋め戻されて草地になっていました。そして遺跡の発掘調査で出てきた物や吉野宮に関する説明を展示している、吉野歴史資料館が小高い丘の方に建っていました。

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吉野宮滝

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宮滝の柴橋

国栖(くず)の紙漉きと「ものづくりの里」
 宮滝の近くの国栖(くず)では和紙作りが行われています。楮(こうぞ)の皮を剥(は)いで繊維成分化し、他の木の繊維成分も混ぜてドロドロの水溶液を作り、網の付いた木製の枠型で繊維分を掬い上げ、それを乾かして紙を作っていきます。
 私も枠型で繊維分を掬い上げることをしてみましたが、ドロドロの水溶液が冷たく感じられました。また、一枚の紙の中で厚いところと薄いところが出来ないようにするのが難しかったです。
 国栖には紙漉きの他に吉野杉の端材(はざい)を使った割箸づくりなどが行われていて「ものづくりの里」をうたっています。

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紙漉き

谷崎潤一郎作の『吉野葛』
 谷崎潤一郎の小説に『吉野葛』があります。ストーリーは、主人公の小説家が吉野を舞台にした歴史小説を書こうとしていた時に、母の実家が吉野である友人の津村から誘いがあって、一緒に吉野へ行くというものです。
 文章には吉野に関する歴史、伝説、歌舞伎、謡曲、浄瑠璃、地唄など種々の要素が書かれていますので、その方面に詳しい方にはとても興味深いものでしょう。
 一読して私が思ったのは、この本は三つの奥深さを描いたもののようだということでした。一つは吉野の歴史や伝承の奥深さ、二つ目は吉野の山や自然の奥へ奥へと分け入っていること、もう一つは母を思い慕う心の強さ・深さです。
 小説家と津村は宮滝の吉野川に架かる柴橋の袂(たもと)の岩の上に腰かけていろいろな話をします。そして津村は国栖の里で紙漉きをしている娘さんと結婚するようになるのですが、その娘さんは「何処か面(おも)ざしが写真で見る母の顔に共通なところがある」(『吉野葛』本文)のでした。
 おそらく『吉野葛』の葛は葛粉のクズではなく、大阪和泉市の信太の森に伝わる陰陽師・安倍晴明と母の物語『葛の葉』のクズなのでしょう。母への思慕の深さが吉野の時空間の奥深さと一体となっているように感じられました。

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谷崎潤一郎著『吉野葛・蘆刈』

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