馬酔木(あしび)咲く浄瑠璃寺
京都府にある浄瑠璃寺
浄瑠璃寺は京都府木津川市加茂町の当尾(とうの)の里にあります。それなのに、どうして『本を読んで行く奈良』で取り上げるかと言いますと、当尾の里は京都府と奈良県との境に位置していて、奈良の大寺の僧が修行のためにしばしば行き来していた場所だったからです。
現在も浄瑠璃寺へ行く場合に便利なのは、奈良市からの季節運行バスか、JR加茂駅からの木津川市コミュニティバスを利用する方法で、どちらのバスも奈良交通が運転をしています。
当尾の里、特に浄瑠璃寺のある地域は、バスで曲がりくねった道を登って行った山中の小さな集落で、長閑(のどか)な雰囲気が漂っています。
浄瑠璃寺
浄瑠璃寺は奈良時代に創建されたという説もありますが、これは信用度が低いとのことで却下され、平安時代に創建、浄土信仰の高まりとともに寺域が整備されていった、というのが定説になっています。
境内は浄土式庭園で、中央に池があり、東に浄瑠璃浄土の薬師如来を祀る三重塔、西に極楽浄土の阿弥陀仏を祀る本堂があります。池の東方は此岸(しがん)、現実の世であり、薬師如来に力をもらって、池の向こう側、つまり彼岸(ひがん)の西方極楽浄土へ飛んでいこう、との願いを表しているのでしょう。
本堂には九体の金色の阿弥陀仏が横一線に安置されています。中央に大きな阿弥陀仏、その両側に四体ずつの若干小さな阿弥陀仏です。九体の阿弥陀仏は仏教で言うところの人間の生き方(上品・上生から下品・下生の九段階の生き方)に相応した仏を表しているようです。ほぼ自然光の薄暗い堂内で、ズラリと並んで鎮座している阿弥陀仏を見ると、異空間に来たと感じます。
馬酔木(あしび)咲く浄瑠璃寺
浄瑠璃寺および当尾の里は紅葉の美しい場所です。そのため秋には多くの参拝者やハイカーが訪れます。しかし、春もとても良い場所です。浄瑠璃寺は若葉がキラキラと輝き、朱塗りの三重塔が若葉と青空に映えます。また、浄土式庭園の池の水面に三重塔の美しい姿が浮かんでいます。馬酔木(あしび)も咲きます。池の辺(ほとり)の馬酔木は白い花が小さな葡萄の房のように咲いて綺麗です。
寺に飼われているのでしょうか、それともいつの間にか住み着いたのでしょうか、猫が境内を温かい日差しを受けながらゆっくりと歩いています。
本『大和路・信濃路』
小説家の堀辰雄の作品に『大和路・信濃路』がありますが、その大和路の中に「浄瑠璃寺の春」という文章があって、穏やかな当尾の里の浄瑠璃寺が描かれています。
「この春、僕はまえから一種の憧(あこが)れをもっていた馬酔木(あしび)の花を大和路のいたるところで見ることができた。
そのなかでも一番印象ぶかかったのは、奈良へ着いたすぐそのあくる朝、(中略)二時間あまりも歩きつづけたのち、漸(ようや)っとたどりついた浄瑠璃寺の小さな門のかたわらに、丁度いまをさかりと咲いていた一本の馬酔木をふと見いだしたときだった。」
「『まぁ、これがあなたの大好きな馬酔木の花?』妻もその灌木のそばに寄ってきながら、その細かな白い花を仔細(しさい)に見ていたが、しまいには、なんということもなしに、そのふっさりと垂れた一と塊(かたま)りを掌のうえに載せたりしてみていた。」
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