2026年3月13日 (金)

「仏教の一端を学び、考える」シリーズ 第22回:人の一生は「生長躍老伝死」?

●「生老病死」は四苦のことだが

 「生老病死」は四苦八苦の四苦のことと言われています。生まれること、老いること、病むこと、死ぬこと、の四つの苦しみです。

 そうとは分かっていても、私は「生老病死」という言葉を見たり聞いたりすると、人間の一生を表しているように思えてしまうのです。言葉の最初に「生」があり、最後に「死」があるからでしょうか、「生まれて、老いて、病んで、死んでいく」と受け取れるのです。

●釈迦の四門出遊のエピソード

 「生老病死」から生を取った「老病死」というと、釈迦の四門出遊のエピソードが有名です。

 釈迦が若い頃、王城の東西南北の門を出たところで、東では老人を見、南では病人を見、西では死人を見、北では出家者を見て、出家することを決意したという話です。ここからも、人は老いて、病んで、死んでいく、という状況が伝わってきます。

 仏教は、「この世を苦しみの世と捉え、どうしたらそこから脱却できるか」を問うた宗教であるため止むを得ないのかも知れませんが、どうも全般的に暗く感じられます。

●人生は「生老病死」(苦しみばかり)ではないのでは?

 本当に人生は苦しみばっかりなのでしょうか。生きていること自体に喜びを感じることも本来あるのではないでしょうか。そうでなければ、生まれてくるのが嫌われて、自然に人間は生まれて来なくなると思うのです。

 仏教でも、人間を構成している五蘊(ごうん。色、受、想、行、識の5つ)の受について次のように概略述べています。

「受は全ての経験に対するわれわれの『感じ方』だけではなくて、将来の経験の仕方をも条件づけます。つまり、『快』の経験は、その持続や再現の欲求を生じさせ、『苦・不快』の経験は、それを終わらせ、再現を阻止しようとする欲求を生じさせます。」

●「人生」や「生命」を肯定し勇気づける考えの必要性

 仏教では一般的に生老病死の「生」すなわち「誕生」も苦しみの1つだと説明しますが、これはおかしいのではないかと思います。ほとんどの場合、赤ちゃんが産まれたら嬉しいです。誕生祝という言葉すらあります。そして赤ちゃんの誕生は一家の繁栄にも種の保存にも良いことです。

 また、2~3歳の子供がお母さんと手を繋いで嬉しそうに歩いている姿を見ると微笑ましくなります。年頃の恋人同士は男女とも顔が活き活きして美しく見えます。人間以外にも、桜は咲いて奇麗ですし、鳥も良い声で鳴きます。それらを見聞きすると私は生命の喜びを感じるのです。

「人生」や「生命」を肯定し勇気づける考えがあって良い、必要だと思います。

●「老」をどう考えるか

 「老」は「老(お)いる、老(ふ)ける」など年を取ることを意味する言葉ですが、その他に「長い経験を積んだ、練れた」という意味があります。中国にあるお酒「老酒(ラオチュウ)」は、蒸留酒「黄酒(ホワンチュウ)」を3年以上も甕で熟成したもので、熟成期間が長いほど味わい深いものですが、「老酒」の「老」は「練れてとても良い」の意味でしょう。

 何が言いたいかと申しますと、「老」を嫌がらず、「老」の価値を認め、その良さを発揮するのが大切なのではないか、ということです。老人は自らを「老いさらばえた、後はお迎えを待つだけの身」と考えずに、何らかの貢献を周囲にしていこうとすることが、本人のためにも周囲のためにも良いことだと思います。

●人生を要約するなら「生長躍老伝死」では?

 以上のことから、私は人生を一言の言葉に要約するなら「生長躍老伝死」ではないかと考えます。

 生は誕、長は成、躍は活、老は練、伝は達、死は亡で、それぞれ一文字を取って繋ぎ合わせました。成長には身体的成長、学問的成長、人間的成長が含まれます。老練にはノウハウの把握と深掘りがあり、伝達にはそれらを周囲および次世代へ伝達する意味を込めています。

 このように考えることによって、人生はどの世代にとっても価値あるもの、活き活き生きて行けるものになるように思うのです。

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2026年3月 6日 (金)

「仏教の一端を学び、考える」シリーズ 第21回:なぜ他の生き物を食べないと生きていけないのか(2)

●目が留まった、漢方薬説明の言葉

 むらさきクラブというところが月1回発行している『主治医』という小冊子があります。裏表紙の広告や、冊子の中の記事に登場する人物などから推測するに、おそらくこの冊子は漢方薬製造販売の「株式会社 和漢薬研究所」が主導して作っているものでしょう。

 その『主治医』の2025年1月号に、対談相手のゲストの秋川雅史さんに漢方薬「松寿仙」を説明している言葉が載っていました。ハッと目が留まったので、ちょっと長い引用になりますが以下に転載します。

「(自然薬の松寿仙の)中に入っているのは、赤松葉、クマザサ葉、朝鮮人参で、どれも自然の原料です。松寿仙は、これらの原料の単一成分を抽出して作られたものではなくて、これらの天然自然の原料の成分まるごと、つまり自然の命まるごとで構成されているんです。生命の調和を保つのは自然の中にある「生命」である、という考えから創薬されたものなんです」

 私は「生命の調和を保つのは自然の中にある『生命』である」という言葉に強く惹かれました。命は命でしか賄(まかな)えないのではないか、と思ったのです。

●捕食、食物連鎖は命の変換では?

 人を始め、生き物が他の動植物を捕食すること、そして食物連鎖していくことは、命の変換ではないでしょうか。自然の根本の成り立ち、ルールのような気がします。

 さらに人などが食材、命を食べてエネルギーにしている実態を考えれば、捕食・食物連鎖は命の変換だけでなくエネルギーの変換・伝達のように思います。これは考えが飛躍し過ぎでしょうか。私は飛躍しているとは思えないのです。

●人は死ねば土に還る、星になる

 「人は死ねば土に還る」と昔から言われています。また、もう少しロマンチックに「人は死ねば星になる」と言われてきました。人が土葬されれば、遺骸はバクテリアによって分解され、微生物や小動物の食べるところとなるでしょう。人が火葬されれば水分や気体その他の分子となって大気中に拡散され、動植物などに吸収されるでしょう。 命は次々と巡り巡っていくのだと思います。大きく言えば、この地球上に、あるいはこの宇宙の中で命を構成している分子やエネルギーなどが変化していくのだと思います。

 この考えは、当ブログの「第12回 釈迦の思想(五蘊、十二支縁起)(3)」でも述べた、「変化体としての存在」(専門用語は「プロセスの存在論」)として人や物を捉えようとするものです。私には現時点、この考えが納得できるのです。

●不殺生戒との落着点

 他の生き物を食べることと不殺生戒の関係をどう位置付けるべきか、私はこう考えます。

 人を始め全ての動植物は生きるために他の動植物を食べるように出来ています。栄養やエネルギーを得るために他の生き物の命をたべます。それが「変化体としての存在」の在り方なのでしょう。生まれてきて、やがて死ぬのが自然の理のように、生きている間は他の動植物の命を食べてエネルギーにし、活動していかなければならない理なのでしょう。これは素直に受け入れたら良いと考えます。

 仏教でいう五戒の中には不殺生戒の他に不飲酒戒(ふおんじゅかい)や不邪淫戒というものがありますが、これらの戒は、絶対に酒を飲んではいけないとか、性行為をしてはいけないという意味ではありません。酒を飲んで正気を失ってはいけない、家庭生活を乱すような性行為をしてはいけないという意味だと言われています。

 つまり不殺生戒も、人が生存するために必要な食材の分以上の命を奪ってはいけないという意味ではないかと私は思います。

 そして今回の内容を大きくまとめますと、人も、人が他の動植物の命を食べるのも、万物変化、循環生成の一環と思えるのです。

 

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2026年2月27日 (金)

「仏教の一端を学び、考える」シリーズ 第20回:なぜ他の生き物を食べないと生きていけないのか(1)

●人は他の生き物の命を奪って生きている

 人は肉や魚や野菜を食べて生きています。食べないと死にます。どうして他の生き物の命を奪って食べないと生きていけないのでしょうか。

「殺すなかれ」と不殺生戒を説く仏教は、このことをどう捉えているのか調べてみました。

●精進料理に対する疑問

 日本では肉や魚を食材として使わない精進料理というものがあります。肉や魚は生き物であり、それを食べることは生き物を殺すことだからと言って、不殺生戒を守る僧や精進潔斎する在家の人が精進料理を食べます。

 私は「野菜だって命があるはずなのに、どうして野菜は食べて良いのか?」と疑問を感じていました。今回少し調べてみたら、すぐに答えが見つかりました。

 曹洞宗のWEBサイト『SOTOZEN NET』によれば、釈迦は肉も魚も野菜も食べて良いと言っていたそうです。僧は修行していて食事は布施されるものを食べるのですが、肉や魚は高価なためあまり布施がなされず食べる機会が少なかったのです。そこに中国の菜食主義の考えが重なって、肉魚を食べない精進料理が出来上がってきたとのことです。

 精進料理に対する疑問は解けましたが、逆に釈迦が肉も魚も野菜も食べて良いと言っていたなら、それは幅広く殺生を認めていたことになるではないかと、当初の疑問「『殺すなかれ』の教えとの矛盾」がさらに大きくなりました。

●仏教の食事の前の祈り

 浄土真宗では食事の前に次の祈りの言葉を唱えます。
「多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうをめぐまれました。」
「深くご恩を喜び、ありがたくいただきます。」

 また、曹洞宗では「五観の偈(ごかんのげ)」という食前の祈りの言葉があります。原文は難しいとのことで現代語に訳した言葉は次のものです。

「食材の命の尊さと、かけられた多くの手間と苦労に思いをめぐらせよう。 

 この食事をいただくに値する正しき行いをなそうと努めているか反省しよう。

 むさぼり、怒り、愚かさなど過ちにつながる迷いの心を誡めていただこう。

 欲望を満たすためではなく健康を保つための良き薬として受け止めよう。

 皆で共に仏道を成すことを願い、ありがたくこの食事をいただきましょう。」 

                              WEBサイト『SOTOZEN NET』より

 浄土真宗の祈りには「多くのいのち」、曹洞宗の祈りには「食材の命の尊さ」という言葉が冒頭に入っていて、最後の言葉は「ありがたくいただきます(ましょう)」なので、どちらも他の生き物の命を頂くことに深い感謝の気持ちを抱いていることが分かります。

 しかし、どちらも不殺生戒との関係については説明していません。曹洞宗の『五観の偈』は食材の命の尊さを無駄にしないように、正しい行いや仏道修行をしていこうと述べていますが、どうもこれは私には直ぐに頷けません。立派な心構えであることは分かるのですが、無理やり理屈をつけて納得しよう、としているように感じられます。

 人が他の動植物の命を奪って食べるのは、立派な心構えのためではなく、自然の成り立ち(宇宙の摂理)でそうなっているのではないか、と直感的に思うのです。何かを、すなわち他の動植物を、食べないと生きられないということ、そして二重にも三重にも次々と食べていく食物連鎖という仕組みになっていることを考えると、そう思えてしまうのです。

                                       【(2)に続く】

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2026年2月21日 (土)

「飛鳥・藤原の宮都」世界遺産登録推進と本『飛鳥から・・・』(2)

●「歴史と人間」が描かれた物語は胸を打つ

 歴史の荒波に揉まれながら懸命に生きる人間。時に夢を持ち、時に苦しみながらも人間が作っていった歴史。それら「歴史と人間」が描かれた物語は私たちの胸を打ちます。

「飛鳥の宮都」を主要な舞台にして歴史と人間が描かれた本があります。『飛鳥から遥かなる未来のために』という全6巻の古代歴史小説です。「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」が世界遺産に登録されるためにも、登録された後に日本の形成期の理念を多くの人々の心に強く訴え続けるためにも、この物語の「ストーリー性」を皆で共有化したいです。

●本『飛鳥から遥かなる未来のために』(シリーズ全6巻)
 古代歴史小説で著者は朝皇龍古(あさみりゅうこ)氏です。『日本書紀』を深く考察し、「もしかしたら、こうだったかもしれない日本の物語」として書かれています。

①聖徳太子 飛鳥から遥かなる未来のために(一)
 聖徳太子たちが活躍するオリジナル歴史小説(第一巻) 【改訂・改題版】

 次の大王(天皇)に誰を推すか。己が氏族の命運が懸かるだけに、蘇我、物部、息長(おきなが)、三輪、中臣など豪族が鎬(しのぎ)を削る。陰謀が渦巻き、橘豊日皇子はあらぬ嫌疑をかけられる。また、大和出身で百済の将軍となった日羅は、敏達大王の強い要請で大和へ召喚されるが、怪事件が起きる。
 病状が悪化した敏達大王の枕元には皇后の炊屋姫(かしきやひめ)、橘豊日皇子、側近の三輪君栄がいて、大王の遺言を聴いた・・・。遺言の内容を受け入れられない王族・豪族たちが動きだす。
 そんな時代の空気の中で上宮皇子(後世の尊称は聖徳太子)は育ち、兄弟や側近達と共に種々のことを学んでいく。

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朝皇龍古著『聖徳太子 飛鳥から遥かなる未来のために(一)』【改訂・改題版】

②飛鳥から遥かなる未来のために(朱雀・前編)
 聖徳太子たちが活躍するオリジナル歴史小説(第二巻)

 古代。激動の東アジア情勢の中で、大和を中心に中央集権国家造りが急務であった。 しかし、王位継承と絡んで豪族間の権力争いが激化し、ついに蘇我・物部の戦いが勃発。用明大王は激務と心労で倒れ、後に残された穴穂部間人(あなほべはしひと)皇后は苦渋の決断を迫られる。
 泊瀬部皇子(はつせべのみこ)は蘇我馬子の配下の東漢直駒(やまとのあたいこま)に殺され、流言飛語が収まらない。
 上宮皇子(聖徳太子)のもとには蘇我馬子の次女の刀自古郎女(とじこのいらつめ)が嫁してくる。

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朝皇龍古著『飛鳥から遥かなる未来のために(朱雀・前編)』

③飛鳥から遥かなる未来のために(朱雀・後編)
 聖徳太子たちが活躍するオリジナル歴史小説(第三巻)

 大后・炊屋姫(かしきやひめ)は敏達大王との嫡男の竹田皇子をいよいよ大王に就任させようとしていたが、ある決断を迫られる。
   上宮皇子は、炊屋姫の娘で竹田皇子の姉である菟道貝蛸皇女(うじのかいだこのひめみこ)を正妃として迎える。
   仏教興隆、東アジア諸国との外交交渉、大王軍の創設など、若き上宮皇子達は本格的に国造りに取り組んでいく。

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朝皇龍古著『飛鳥から遥かなる未来のために(朱雀・後編)』

④飛鳥から遥かなる未来のために(白虎・前編)
 聖徳太子たちが活躍するオリジナル歴史小説(第四巻)

 大后の炊屋姫(かしきやひめ)から政治全般を任された上宮(聖徳太子)は、 大后や大臣の蘇我馬子の支援を受けつつ、側近たちと力を合わせて強力な中央集権国家造りに取り組んでいく。
 施策実行の過程で、政治を担当するときの心構え、維摩経の教え、冠位十二階での人材登用の苦労、十七条憲法の精神や官僚の在り方などが描かれる。

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朝皇龍古著『飛鳥から遥かなる未来のために(白虎・前編)』

⑤飛鳥から遥かなる未来のために(白虎・後編)
 聖徳太子たちが活躍するオリジナル歴史小説(第五巻)

 上宮(聖徳太子)たちは中央集権国家造りに邁進していく。十七条憲法の定着、人材の育成と登用、財政強化、外交交渉、仏教の理解と普及、文化導入など課題は山積していた。
 特筆すべきは勝鬘経の講義と遣隋使の国書問題。
 後世、日本における仏教の祖と言われる上宮は、神道の伝統を継承する大后や王族の女人達にどのように「勝鬘経」を解説したのか。女人達は仏の教えと上宮の国造りに対する思いをどう受け止めたのか。
 大陸では中原を統一した大国の隋が、高句麗を攻撃するために巨大運河を開削していた。風雲急を告げる半島三国と倭国の対応。
 一方で隋から先端の文化を直接導入したい倭国(日本)は隋への遣使を決定する。遣隋使の小野妹子に持たせた国書は何がどのような意図で書かれ、隋と倭国の間ではどんな交渉が行われたのか。

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朝皇龍古著『飛鳥から遥かなる未来のために(白虎・後編)』

⑥飛鳥から遥かなる未来のために(玄武)
 聖徳太子たちが活躍するオリジナル歴史小説(第六巻、完結

 上宮(聖徳太子)は大臣・蘇我馬子や側近たちと相談して、学生や学僧達を隋へ留学させた。隋の諸制度や文化を学び、倭国をより良い国にしようとの思いからだった。
 しかし、二代目皇帝・楊広(煬帝。ようだい)の悪政により、隋は国土が戦乱に覆われてしまう。倭国からの留学生や留学僧達はどうなってしまうのか・・・。
 心労の絶えない上宮だったが、正しい生き方を求め、政務の合間を縫って高句麗僧の慧慈から仏教を深く学んでいく。そして、仏教が個人の生き方の指針にも、国家運営の精神的根幹にもなると気付き、経典の解説書を自ら執筆して、人々に釈迦の教えを広めていこうとする。
 また、民を思い、国を思って内外の諸問題に日々取り組む上宮たちにも妻子や友人がいる。夫婦の情愛、親子の感情、友情、それらが語られる。

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朝皇龍古著『飛鳥から遥かなる未来のために(玄武)』【完結】

【番外編】⑦対談:本当はどうだったのか 聖徳太子たちの生きた時代
 飛鳥時代の歴史考察本で著者は朝皇龍古/鏡清澄

 聖徳太子は摂政だったのか?
 法興寺(飛鳥寺)は蘇我氏の寺か?
 聖徳太子はなぜ斑鳩に宮を建て移住したのか?
 など飛鳥時代の事柄について根拠を元に考察し、対談(質疑応答)形式で丁寧かつ簡潔に説明。
 (小説『飛鳥から遥かなる未来のために』の歴史的背景が分かる)

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朝皇龍古/鏡清澄著『対談:本当はどうだったのか 聖徳太子たちの生きた時代』

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2026年2月19日 (木)

「飛鳥・藤原の宮都」世界遺産登録推進と本『飛鳥から・・・』(1)

●「飛鳥・藤原の宮都」世界遺産登録の夢ふくらむ

 奈良県の明日香村、桜井市、橿原市の一村二市が中心となって、「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の世界遺産(文化遺産)登録を推進しています。すでに日本政府よりユネスコに登録申請がなされ、昨年2025年にはユネスコの諮問機関による現地調査が行われました。今年の6月頃に韓国で行われる世界遺産委員会で、登録が承認されることが期待されています。

●世界遺産登録申請のメインテーマ

 世界遺産の登録申請をする場合、なぜこれが世界遺産として相応しいか、その価値の高さや理由を述べる必要があります。それが遺産の「メインテーマ」と言われるものです。

「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」申請のメインテーマは「統一国家"日本国"の形成と成立」です。そして、「律令国家の中枢機構の形成過程」「国家宗教としての仏教寺院の成立」「律令による墓制の変化、律令国家形成の主人公の墳墓」という3つのサブカテゴリーを設けて各資産をカテゴライズしています。

 このメインテーマは国としての重要事項を的確に表現していると私は思います。国がどのようにして形作られてきたか、そしてどんなふうに制度などが整えられていったか、ということです。「宮都とその関連資産群」の前にたたずんだ時、それらが人々の脳裏に浮かぶでしょう。

●"日本国"形成の宮都、"日本国"成立の宮都

 "日本国"の形成の宮都とは飛鳥でしょう。そこでは歴史上の人物として推古天皇や蘇我馬子や聖徳太子などが統一国家造りに着手し諸施策を実施していきました。

 また、"日本国"の成立の宮都とは藤原(京)のことでしょう。天智天皇と藤原鎌足による政変を経て、天武天皇や持統天皇が政治を行って国家体制を構築していきます。その後、藤原不比等が実力者となって奈良の平城京で律令制度を仕上げていきました。

●世界遺産に求められるストーリー性

 近年の世界遺産登録ではストーリー(物語)性が求められています。ストーリー性とは、単に建築物や遺跡でなく、その背景にある歴史や文化や思想や諸外国との交流など多くの人の心に強く訴えるもののことです。

●飛鳥におけるストーリー性

 "日本国"の形成の宮都である飛鳥におけるストーリーとして、私が最も重要だと思うものは「聖徳太子による国造り」です。聖徳太子と言うと法隆寺のある奈良県斑鳩町(いかるがちょう)を思い浮かべる人が多いですが、太子が政治を主に行っていた場所は推古天皇のいる飛鳥の宮都でした。

 太子は仏教興隆を図り、階位十二階を定め、十七条憲法を制定し、隋へ遣使しました。仏教興隆では、神道と仏教の融合に努め、仏教の考えと文化を広めました。階位十二階では、それまでの氏姓制度に風穴をあけて人材登用の平等化を進めました。十七条憲法では、和の大切さや官僚の服務心得などを説きました。遣隋使では、隋と交流して文化や諸制度の導入を行ないました。

 太子および推古天皇など太子を支えた人たちによって、文字通り日本という国が形作られてきたと言って良いでしょう。また、半島三国(百済、新羅、高句麗)や隋などと交流し支援も受けながら、技術や文化や諸制度を学び吸収して日本に根付かせていきました。

 そして特筆すべきは、単に国の外形的なものだけでなく、和や平等や周辺諸国との交流など現代に通じる理念が追求されていることです。これは日本の歴史の中であまり例を見ないものです。素晴らしいストーリー性だと思います。

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明日香村の石舞台古墳

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明日香村の高松塚壁画館の女子群像

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明日香村の橘寺(「聖徳太子誕生の地」との説あり)

                                         【(2)に続く】

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2026年2月16日 (月)

「仏教の一端を学び、考える」シリーズ 第19回:人はなぜ死ぬのか、なぜ病気になるのか(4)

●結論的に言えること

 小林武彦氏の本『生物はなぜ死ぬのか』から結論的に言えることは、

①生き物は進化が作った。

②死も進化が作った生物の仕組みの一部。

③遺伝子の変化が多様性(変わりゆく環境下で生きられる個体や種)を生み出し、その多様性があるからこそ、死や絶滅によって生物は進化してこられた。

④つまり、生命の連続性を維持するために生物は死ぬ。

ということでしょう。

 この内容に私はとても納得しました。生物学からそういうことが言えるのか、と驚きでした。そして、この結論内容を踏まえた場合、「死」や死に至る過程の「老」や「病」を自分としてはどう位置付けるべきなのか、考えさせられました。「死」も「老」も「病」も恐れるべきものではなく、受け入れるべきものと思えます。少なくとも次の世代を育てた後では。

●仏教との関連で思ったこと

 本『生物はなぜ死ぬのか』から転載した文章を見ていて仏教の考えと関連するなと思ったことが3つあります。

 一つ目は、「生物は、激しく変化する環境の中で存在し続けられる『もの』として、誕生し進化してきた」についてです。

 仏教の「諸行無常、人生皆苦」を「万物は変化していく。変化していくから(意のごとくならないから)追随していくのが大変」と解釈する立場から言えば、この生物学の考えと相通じるものがあります。

 なお、「苦」の原語のサンスクリット語は「ダッカ」であり、「意の如くならないもの」という意味です。

 二つ目は「生き物にとって死とは、進化、つまり『変化』と『選択』を実現するためにある。『死ぬ』ことで生物は誕生し、進化し、生き残ってくることができた」についてです。   

 この文章は仏教でいう「生死一如(しょうじいちにょ)」を思い出させます。生と死は一体であること、不可分であることです。

 三つめは「地球全体で見れば、全ての生物は、ターンオーバー(生まれ変わり)し、生と死が繰り返されて進化し続けている」についてです。

 脳科学者の浅野孝雄氏は仏教の十二支縁起を円環的に捉えるなかで、次のように概略説明していました。「釈迦が誕生する以前から、インドをはじめアジアの農耕採取社会では自然の恵みが毎年巡ってくるという循環生成の考えが広まっていた。釈迦はその考えがとても良いものだと判断して、十二支縁起の中に取り入れたのだ」。

●死と生物学

 死について生物学の観点から考えてみると、非常に教えられることが多いと思いました。人としての生き方も考えさせられました。

 思えば、仏教を学びだしてから、僅かですが脳科学の本を読み、宇宙の本を読み、今度は生物学からのアプローチとなりました。仏教を知ろうとすることは、真実を知ろうとすることであり、多方面からの考察が必要になるようです。逆に言えば、それだけ釈迦は多方面から深く真理を覚ったということでしょう。

 

 

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2026年2月13日 (金)

「仏教の一端を学び、考える」シリーズ 第18回:人はなぜ死ぬのか、なぜ病気になるのか(3)

●生物学からのアプローチ

「人は成長・発展するために死ぬのかもしれない」と思うようになっていたとき、本『生物はなぜ死ぬのか』に出会いました。著者は生物学者の小林武彦氏です。

 これは参考になりそうだと早速読んでみました。結果、私の問題意識に関係することで重要と思った文章は次の通りです。理解を深めるために多くの文章を転載させて頂きます。

 なお、原文は「デス」調ですが、簡潔表記するために「デアル」調に変え、一部の文章の末尾は意味を違えない範囲で変更しています。

●本『生物はなぜ死ぬのか』からの抜粋

「地球に存在する生き物は全て、進化の結果できたもの」

「『死』という究極の問いを考えていくことで、いま私たちが生きている意味も、喜びや悲しみの根源も、そして自然との関わり合いの大切さも見えてくるはず」

「生命のことを知るためには、宇宙誕生の歴史を切り離して考えることはできない」

「『生物はなぜ死ぬのか』を考える上で、生き物を『進化が作ったもの』と捉えることがまず大切」

「『死』も進化が作った生物の仕組みの一部」

「生きものの死に方には大きく分けて2つある。一つは『アクシデント』による死。(中略)。もう一つの死に方は『寿命』によるもの」

「『進化が生き物を作った』とするならば、寿命にも生命の連続性を支える重要な意味があるはず」

「『寿命』という死に方(死因)は科学的に定義されているわけではない。(中略)。生理現象としてあるのは、組織や器官の働きが時間とともに低下する『老化』で、その最終的な症状(結果)として、寿命という死(老衰死)があると考えればいい」

「細胞が分裂を繰り返すとゲノム(遺伝情報)に変異が蓄積し、がん化リスクが上がる。これを避けるため、免疫機構や老化(*)の仕組みを獲得して、細胞の入れ替えが可能になった。これで若いときのがん化はかなり抑えられるが、それでも55歳くらいが限界で、その年齢くらいからゲノムの傷の蓄積量が限界値を越え始める」

*ここでの「老化」の意味は「細胞老化」のことで、無制限に細胞が分裂するのを防ぐこと。分裂活動を不活発化させることで、活性酸素や変異の蓄積により細胞が異常にならないようにし、免疫機構で老化細胞を排除して、新しい細胞に入れ替える(・・・鏡の解釈)。

「幹細胞に蓄積した傷は、徐々に細胞の機能を低下させ、新しい細胞を供給する能力が低下し、老化した細胞を元気のいい細胞と入れ替えることができなくなってくる。これは取りも直さず組織の機能を低下させ、やがてヒトを死へと導く」

「遺伝子の変化が多様性を生み出し、その多様性があるからこそ、死や絶滅によって生物は進化してこられた」

「生き物が死ななければいけないのは、主に2つの理由が考えられる。その一つは、(中略)食料や生活空間などの不足である。もう一つの理由は、(中略)『多様性』のためである」

「生物は、激しく変化する環境の中で存在し続けられる『もの』として、誕生し進化してきた」

「その生き残りの仕組みは、(中略)具体的には遺伝情報(ゲノム)が激しく変化し、多様な『試作品』を作る戦略である。変わりゆく環境下で生きられる個体や種が必ずいて、それらのおかげで『生命の連続性』が途絶えることなく繋がってきたのである」

「生き物にとって死とは、進化、つまり『変化』と『選択』を実現するためにある。『死ぬ』ことで生物は誕生し、進化し、生き残ってくることができた」

「死は生命の連続性を維持する原動力」

「地球全体で見れば、全ての生物は、ターンオーバー(生まれ変わり)し、生と死が繰り返されて進化し続けている。生まれてきた以上、私たちは次の世代のために死ななければならない」

「ヒトのような、子供を産みっぱなしにできない生き物の親は、(中略)子孫が独り立ちできるようになるまでは、しっかり世話をする必要がある」

「ヒトの場合、長生き願望は死に対する恐怖という側面もあるが、その恐怖の根源には、しっかりと次世代を育てなければならない、という生物学的な理由がある」

「死の恐怖から逃れる方法はない。死の恐怖は、ヒトが『共感力』を身につけ、集団を大切にし、他者との繋がりにより生き残ってきた証なのである」

「『死』の恐怖は、『共感』で繋がり、常に幸福感を与えてくれたヒトとの絆を喪失する恐怖なのである」

以上、多くの文章を列挙させて頂きました。これらから私なりに考えてみました。 (以下、次回)

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小林武彦著『生物はなぜ死ぬのか』

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2026年2月11日 (水)

「仏教の一端を学び、考える」シリーズ 第17回:人はなぜ死ぬのか、なぜ病気になるのか(2)

●死を考えることへの疑問
 人はなぜ死ぬのか、なぜ病気になるのか、と考えていて、「もしかして人は成長・発展するために死ぬのではないか?」と思うようになったのですが、あまりに突飛な着想であり、自信が持てません。

 私は疑問でいっぱいでした。そもそも、こんなことを考える必要があるのかも疑問になってきました。何も考えず、何も迷うことなく死んでいく人も多いはずです。なぜ死ぬのかなど考えない方が良いのではと思うようにもなります。

 しかし、自分の年齢が高くなってきて、同年配の友人・知人がポツリまたポツリと亡くなっていくと、人はなぜ死ぬのかとまた考えてしまいます。

●「我が意を得たり」の科学記事

 そんなことを思っていたとき、「我が意を得たり」の科学記事に出会いました。それは「『自分を食べる』宇宙船を開発」というものです。ロイターさんの記事ですが、重要なところを転載すると次の斜め文字部分の通りです。

「自分自身を食べる」宇宙船を、英国の宇宙スタートアップ企業開発中だ。開発者によれば、燃料タンクそのものを消費することで、限られた予算の科学者でも深宇宙や、特殊な軌道へ到達できるようになる可能性があるという。

  この宇宙船は「自分自身を食べる」――。開発者によれば、燃料タンクそのものを消費することで、低予算でも深宇宙や、特殊な軌道へ到達できるようになる可能性があるという。

 「この長く黒い部分が推進システムだ。ここが我々の宇宙船で最も興味深い、自己消費する部分である」 メリディアン・スペース・コマンド創設者のサム・リチャーズ氏は、燃料タンクはポリマー製で、過酸化水素が充填されていると説明する。

  メリディアン・スペース・コマンド創設者のサム・リチャーズ氏 「タンクの内側にはねじ山が切られている。底部のエンジンヘッドにはスクリューがあり、モーターで回転する。モーターに電力を供給するとスクリューが回転し、エンジン内部へと進んでいく」 圧力が高まることで過酸化水素が過熱プロセスを経て供給され、ナイロン製のタンクが燃焼し、推力が生み出される。つまりこのエンジンは、燃焼の過程で自らの構造そのものを消費する仕組み。質量が減少することで、宇宙船はより多くの物を運んだり、より多くのエネルギーを確保できるという。

*記事のURL⇒ https://news.yahoo.co.jp/articles/55f5dd373c3589a61824e7aff4872298a0bd7705

●死は成長するためにある?

「『自分を食べる』宇宙船を開発」という記事を読んで思いました。やはり、人は死んで、次の世代にバトンタッチすることによって発展していくのかもしれないと。

私はだんだん高齢になってきて、画面が小さくて機能が複雑なスマホが十分に使えず困っています。テレビのコマーシャルは画面変化が速すぎて何を宣伝しているのか分かりません。歌番組の歌詞は早口で聴き取れません。新しい時代に付いていけていないと感じます。新しい時代は新しい世代、若い人達に生きて行ってもらう必要があるように思います。

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2026年2月 6日 (金)

「仏教の一端を学び、考える」シリーズ 第16回:人はなぜ死ぬのか、なぜ病気になるのか(1)

●奈良の観光巡りから行きついた先
 私は観光気分で奈良の寺巡りを始めました。そして寺に関係して必死に生きた人たちに出会い、その人たちを動かしていたものが仏教と気付きました。そのため、仏教というものがどんなことを言っているのか知りたいと思うようになりました。

 人はなぜ死ぬのか、なぜ病気になるのか、と考えるようになりました。どうせ死ぬのなら、なぜ生まれて来るのでしょうか。なぜ皆が老衰で死亡せず、多くの人が病気になりって死んでいくのでしょうか。老人は幸せになれないのでしょうか。

●仏教で見つけた2つの答え
 上記の疑問への答えとして、仏教は次のようなことを述べているのを知りました。

 1つは十二支縁起と四諦(したい)の一般的な説明から出てきたものです。その内容は、この世はひたすら苦しみであり、苦しみを生み出す原因は煩悩であり、煩悩のせいで様々な良からぬ状態が連鎖的に起こり、最後には堪えがたい「老死」に至る、というものです。

 もう1つは施身聞偈(せしんもんげ)の解釈から得たものです。施身聞偈の偈文は「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽(しょぎょうむじょう ぜしょうめつほう しょうめつめつい じゃくめついらく)」であり、その意味は、「全てのものは変化・生滅します。変化・生滅が世の法則なのです。そのことを悟り、欲望や執着から解き放たれた時、心は安らかになるのです」というものです。

 ある意味、相反する答えが述べられています。一方は「堪えがたい老死に至る」というものであり、もう一方では「変化・消滅が世の法則なのだから、そのことを知り、納得し、受け入れた時、心は安らかになる」というものです。

●私は心情的に「施身聞偈の考え」派
 「老死」に対する十二支縁起と四諦による考えも、煩悩を消せば救われると教えています。しかし「老死」が苦しみの最たるものと捉えていることが、私には受け入れ難いのです。

 以前に私は、鮭が産まれた川を上流へと遡っていって産卵し、産卵を終えると死んでしまうという映像を見た記憶があります。そのためのような気がしますが、死は次の世代を産むためにあるのではないか、死は命のバトンタッチという価値あることをしているのではないか、と思うようになりました。

 施身聞偈の考えは、何もかもが変化・生滅していくことを受け入れなさい、というものです。変化・生滅という世の理(ことわり)を知り、言い換えれば宇宙の摂理というものをあるがままに認識して受け入れ、生きていきなさいという教えです。

 私は心情的に「施身聞偈の考え」の方が良いように思いました。「老死」を「苦」と捉える度合いを少なくし、「当然にあるもの」「抗(あらが)えないもの、抗う必要のないもの」という捉え方をしているためです。

 そして、そこから発展して、「もしかして人は成長・発展するために死ぬのではないか?」と思うようになりました。

 

 

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2026年1月13日 (火)

「文学フリマ京都10」(2026.1.18)に出店します

「文学フリマ」とは

「文学フリマ」とは、作り手が「自らが《文学》と信じるもの」を自らの手で販売する、文学作品展示即売会です。

今回、私が加入しているサークル「あすか橘会」が文学フリマ京都10に出店するとのことで、拙著も出品することになりました。

これまで書いてきた本の一部を持参致しますので、よろしければ「あすか橘会」のブース【けー31】へお立ち寄りください。

【文学フリマ京都10】

日程 2026118日(日)  1217
場所 京都市勧業館みやこメッセ(平安神宮近く)
ブース 3F 第三展示場 け-31 「あすか橘会」
文学フリマ京都10のURL
  ⇒ https://bunfree.net/event/kyoto10/

文学フリマWEBカタログのURL
    ⇒ https://c.bunfree.net/c/kyoto10/3F/%E3%81%91/31

私の出品物

①『奈良のこころ 奈良・西ノ京から』
     
・奈良の寺院を巡るエッセイです。

②『迦陵頻伽 奈良に誓う』
   
・奈良を舞台とした現代小説です。

③『対談:本当はどうだったのか 聖徳太子たちの生きた時代』(共著本)
   
・飛鳥時代の歴史考察を対談形式でまとめた本です。

*上記の①②③の各本を「文学フリマ京都10」のイベント特別価格1,000円/冊で販売します。

*なお、前述の文学フリマWEBカタログに掲載されている各本の表紙をクリックして頂きますと、各本のより詳しい内容がご覧になれます。

WEBカタログの上段の本は、サークル「あすか橘会」のメンバーである朝皇龍古氏の作品『飛鳥から遥かなる未来のために』シリーズ全6巻です。聖徳太子が活躍するオリジナル歴史小説です。

 

 

 

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