「仏教の一端を学び、考える」シリーズ 第13回:「英語圏最良の仏教概説書」を読んでみた(1)
●「英語圏最良の仏教概説書」というキャッチ・コピーの本
五蘊や十二支縁起についてよく分からず困っているときに、「近代精神を意識して書かれた英語圏最良の仏教概説書」というキャッチ・コピーの岩波文庫に出会いました。本のタイトルは『ブッダが説いたこと』、著者はスリランカ出身の仏教行者であり哲学の学者でもあるワールポラ・ラーフラ師、訳者はチベット学者の今枝由郎氏です。
●私の読後感想
本を数回読んでみての私の感想は、「仏教の概略を知るために役立つことも書いてあるが、全体的に分かりづらい。最良の仏教概説書とは言えない」というものです。ちなみに、WEBでこの本のブック・レビューなどを検索してみますと、「仏教の真髄が優しく書かれていて分かりやすい」という意見と、「分かりづらい。チンプンカンプン」という意見との両方がありました。
●この本に書いてある「役立つこと」
この本に書いてあることで私が参考になった主なものを、「役立つこと」としてまず列挙します。全体としての感想が良くないものであっても、ここのところは学べると思うからです。16項目あります。
①ブッダはカーストや社会階級といった差別を認めなかった。
②(ブッダによれば、)人間は自らの主であり、それより高い位置から人間の運命を審判できる(神のような)存在や力はない。
③(ブッダは、)人間は自らの努力と知性によってあらゆる束縛から自らを自由にすることができるのだから、誰であれ自分を啓発し、自分を解放するようにと教え、励まし、刺激した。
④疑わずに、信じるべきであるというのは、的を射ていない。
⑤自らの信心あるいは信仰から、自分が信じていることのみが真実で、他のすべては偽りであると主張することは許されない。
⑥人生には病、老い、死、悲しみ、憂い、痛み、失望といった苦しみがある。私(ブッダ)が教えているのは、この生におけるそうした苦しみの『消滅』である。
⑦(ブッダが諦(あきら)かにした四つの真理(四聖諦(ししょうたい))の最初の真理は、)不適切で、安易な訳語と、その表面的解釈が、多くの人に仏教は厭世的だという誤ったイメージをもたせることになった。
⑧因果律に従って、一つのものが消滅し、それが次のものの生起を条件付ける。その過程で、変わらないものは何一つとしてない。そのなかで、持続的「自己」、「個人」あるいは「私」と呼べるようなものは存在しない。
⑨存在、ものごと、システムは、うちに生起の性質をもっていれば、同様にそのうちに消滅、破壊の原因、芽ももっている。
⑩私たちが「私」「存在」と呼んでいるものは、各々が相互依存的に、因果律に従い刻一刻と変化する物質的、心的要素の結合に過ぎない。
⑪彼らは過去を悔やまず、未来のことを気に病まない。彼らは現在を生きている。だから彼らの顔色は輝いている。
⑫ブッダの教えを理解し、その教えが正しい道だと確信し、それに従おうとするなら、その人は仏教徒である。
⑬仏教は、物質的福利が目的そのものとは考えない。それは、より高い、より貴い目的のための手段にしか過ぎない。しかし、それは人間の幸せという、より高い目的を達成するためには不可欠な手段である。
⑭十分な収入が得られる機会が民衆に提供されれば、人びとは満足し、恐れや不安から解放され、その結果として国は平和で、犯罪はなくなる。
⑮仏教が非暴力主義、平和主義を提唱し、いかなるかたちの暴力も殺生も弾劾していることはよく知られている。
⑯(ブッダは、)国王、大臣、行政官たちが腐敗し、不正を行なうようになると、いかにして国全体が腐敗し、堕落し、不幸になるかを説き明かしている。国が幸せであるためには、公正な政府が必要である。
●次回は、この本の「分かりづらいこと」を取り上げる予定
次回の『第14回:「英語圏最良の仏教概説書」を読んでみた(2)』では、この本の「分かりづらいこと」を取り上げる予定です。
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