唐招提寺にひっそりと建つ英文の詩碑
十一月になり秋も深まってくると思い出す詩があります。それは奈良・西ノ京の唐招提寺に【ひっそりと建つ英文の詩碑】の詩です。二〇一四年刊の拙著『奈良のこころ 奈良・西ノ京から』に掲載したものですが、以下に再度掲載いたします。
●小さな英文の碑
唐招提寺の無料休憩所を兼ねた売店の裏手、それほど大きくない池のほとりに、見落としてしまいそうな小さい石碑があります。地面からの高さが三十センチメートルあるかないかでしょう。石碑には銅板が埋め込まれていて、浅く文字が刻まれています。どこの誰が建てた碑なのか、何と刻まれているのか、簡単には分かりません。私がしゃがみこんで書き取った碑文は次の通りです。
●英文の原詩
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●石碑の日付は詩が詠まれた日?
古語が使われた英語の詩です。韻もしっかり踏んでいます。作者の名前は漢字で福田博臣、津雲千巻とでも書くのでしょうか。また、一九五二(昭和二七)年十月二十二日という日は、唐招提寺を訪れた日なのか、石碑を建てた日なのかも不明です。通常石碑に彫る日付というものはその碑を建立する日のはずですから、後者ととるべきなのかなと思います。
ただ、そう思いながらも多少気にかかるのは十月二十二日という日です。唐招提寺では十月の二十一日から二十三日まで釈迦念仏会という大きな法要が行われます。特別な法要の日に、その法要とは直接関係しない石碑の建立はしないのではないでしょうか。私には詩の作者たちが釈迦念仏会のときに唐招提寺を訪ねたように思われてなりません。
なお、十月に詠まれたと思われるこの詩の唐招提寺の雰囲気は、昨今の温暖化の影響で、十一月に多く感じられるように思います。
●詩の日本語訳
詩を日本語に訳してみます。古語の英語に合わせて、少しばかり古い表現を心がけてみることにします。
「唐招提寺にて
時は秋、清涼の気が漂う中に、
素晴らしい金堂が建っている。
長い歴史を経て、
屹立する御仏の寺。
ああ、壮麗なる唐招提寺。
正面にある八本の列柱は、
ギリシャの古代建造物を想起させ、
悠然と南面したその姿は、
明るく輝きながら、
永遠の安寧を謳っている。
金堂の周りには厳かに樹々が生えている。
それらの樹の間にはこんもり茂った藪があり、
名もなき小さな花々が愛らしく咲いている。
ああ、なんという静けさ。
南門や壁は昔日の面影を失っているが、
非の打ち所のない金堂は
千歳余りの風雪に超然として、
畏敬の念を抱かせる。
清浄な境内を三々五々、
参拝者が散策している。
篤い心で思いをはせると、
遠い歴史のかなたから、
古人(いにしえびと)の息吹が伝わってくる。」
意訳し過ぎかもしれませんが、この詩は唐招提寺の情景と雰囲気を的確に捉えているように思います。古語の英語でしっかりと韻を踏み、素晴らしい詩が詠まれたものだと感心しています。
●後日談
上記の「英文の碑」について私のホームページで紹介しましたら、あるとき人を介して女性の福田氏から電子メールをいただきました。福田氏は詩を書いた福田博臣氏のお孫さんでした。小さかったので、お祖父さんのことはうっすらとしか覚えていないとのことですが、福田博臣氏は銀行で働き、独学で英語を勉強したそうです。そして奈良県で最初に通訳資格を取り、何かあればボランティアで通訳をかってでていたとのことでした。
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